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長崎地方裁判所 昭和41年(ワ)245号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕原告本人尋問の結果によると、原告は本件事故当時、満一八才の男子で長崎県立大村工業高等学校三年に在学し、翌年三月の卒業後は直ちに八幡製鉄に入社することが内定していたのであるから、本件事故がなかつたならば卒業後原告と年令、学歴、性を同一にする者の得る平均賃金と同額の収入は得るものと推認されるところ、<証拠>によると、昭和三九年度における高等学校卒業の学歴をもつ満一八才から一九才までの男子の平均現金給与は月額金一万七、七〇〇円、従業員一、〇〇〇人以上を擁する企業の同年令の男子労働者の平均賞与は年額二万八、七〇〇円であると認められるから原告も一年間に右の合計金二四万一、一〇〇円の収入はあげられたと推認される。

ところが、原告は本件事故によつて前認定の傷害<編注・入院加療七三日を要する左手示指及び中指切断、環指腱切断)を受け、切断された示指と中指はもはやその回復が不可能であることはいうまでもなく、原告本人尋問の結果によると環指はその屈伸が不自由となつたことが認められ、成立について争いのない甲第一〇号証によると右障害は労働基準法施行規則第二別表身体障害等級表の第八級に該当し、同法の適用上はその労働能力喪失率が四五パーセントであると査定されたことを認めることができる。しかしながら、前認定のとおり原告は本件事故当時満一八才であつたから、当初の志望を変え、今後事務系統の仕事に就いて生計をたてることも決して困難ではなく、事務系統の職に就いたときに本件のような身体障害がその収入に与える影響は肉体労働に従事する場合程大きくないものと考えられ、原告本人尋問の結果によると、原告は現に会計事務所で会計事務の見習いのかたわら雑用に従事し、一ケ月金七、〇〇〇円の収入を挙げていることが認められるから、今後右事務に習熟するにつれて相応の収入を挙げうるようになることは容易に推認されるところである。これらの事情を彼此勘案するとき、本件事故による原告の稼働能力の喪失率は前記身体障害のない場合の収入額の約一〇パーセント程度であると認めるのが相当である。そうすると原告は昭和四一年三月以降毎年前記事故がない場合の収入額の一〇パーセントにあたる金二万四、一一〇円の得べかりし利益を失つたことになる。

そして、厚生省大臣官房統計調査部発表の第一〇回生命表に、満一八才の男子の平均余命が五〇、二七才であると記載されていることは明らかであるから、原告は少なくとも昭和四一年三月以降四五年間は稼働でき、将来の昇給等を考慮に入れないでも、その間、毎年前記得べかりし利益を喪失するものと推認され、その総額金一〇八万四、九五〇円からホフマン方式により一年ごとに年五分の中間利息を控除すると、その額は金五六万〇、〇九二円(円未満切捨)となることが計算上明らかである。

次に慰藉料の額について判断するに、原告が高等学校を卒業して社会人としての生活を始める矢先に本件事故に遭遇し、せつかく内定していた八幡製鉄への入社が取消されたことは前認定のとおりであり、原告本人尋問の結果によると、学校の奔走で漸く大阪の会社に就職したものの、左手が不自由であるため仕事の能率が悪く肩身の狭い思いを味い、将来の希望を失つて間もなく右会社をも退社するに至り、遂に技術者として身を立てるべき当初の志望を断念したことを認めることができるから、本件事故により原告が多大の精神上の苦痛を受けたことは察するに余りある。しかし被告が大村工業高校からの依頼により原告らの実習を引き受けるに至つた前認定の経緯に鑑みるとき、被告の立場にも同情の余地があるから、これらの事実の外、本件審理に現れた一切の事情を考慮するときは被告に対する慰藉料額は金四〇万円を以つて相当と認める。(福間佐昭 右川亮平 野村利夫)

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